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フィリピン人は信頼できないのか?:外国人にとってはYes!

◆偏見に満ちたフィリピン人評

「フィリピン人は信頼できない」

「フィリピン人との間に信頼関係は築けない」

「フィリピン人とは生涯を通じた友達にはなれない」

 

フィリピンに住み始めて間もないころ、フィリピンで長年生活・仕事をしている「先輩」から口々にこんなことを言われました。日本人からも、欧米人からも・・・。

 

6年ほど前のことです。当時、私は、フィリピン人が大好き♡。明るく陽気で、フレンドリー、いっしょにいるだけで楽しくなる彼・彼女らにとても親しみを感じていました。それだけに余計、冒頭のような差別と偏見に満ちた発言を聞くのがイヤでした。

◆信頼しては裏切られる日々

ところが、先日、これからフィリピンにしばらく住むとやってきたばかりの友人に同じことを言っている自分に気づきました。「・・・だから、くれぐれも気をつけてね」と。この地(フィリピン・ドゥマゲテという地方都市)で英語学校経営を始めて6年。この間に何があったというのでしょうか。

 

一言でいえば、信じては裏切られの連続でした。といっても基本、お金絡みの裏切りがほとんどですが・・・。確証がないケースもあるので詳細は控えます。

 

ちなみに30歳以上は歳が離れた若いフィリピン人女性とその家族に財産のほとんどを横取りされ捨てられたシニア外国人男性(日本人を含む)を片手に余るほど知っています。何歳になっても「俺は本気でこの女に惚れられている」と信じてしまうのが男の性なのでしょうか。 

貸したお金は戻ってこないと思った方が・・・
貸したお金は戻ってこないと思った方が・・・

◆どこの国にも信頼できる人/できない人もいる

 一方、同時に、信頼・尊敬できるフィリピン人とのいい出会いもたくさんありました。日本でもなかなかこんな人には出会えないと思える素敵な人たちです。

 

彼・彼女らは、仕事においては献身的、人とのつきあいにおいてはむしろ愛他的です。思い返せば、右も左もわからない異国の地でゼロから事業を立ち上げ、なんとかかんとかここまでやってこれたのも、彼・彼女らのおかげです。

 

人間は人間。どの国にも、悪い人もいい人もいる。信頼できる人も信頼できない人もいる。フィリピン人だけ特別信頼できない人だったりすることはありえないのです。世界中どの国も、人の信頼度も正規分布なのだと思います。

 

ある日本人からは、日本人の正規分布よりフィリピン人の正規分布は幅が広いという話を聞いたことがあります。つまり、人間の信頼度において、日本人の最上位者よりさらに上がいる、反対に、最下位者よりさらに下だというのです。

 

限られた経験から断定的なことは言えませんが、フィリピン人の信頼できる人と日本人の信頼できる人を比べても、遜色ないどころかそれ以上とも思えるフィリピン人もいます。

最も信頼しているフィリピン人の一人F先生(当校元教師)
最も信頼しているフィリピン人の一人F先生(当校元教師)

◆フィリピン独自の「恥の文化」

そこで、この記事のタイトルである「フィリピン人は信頼できないのか?」というテーマについて改めて考えてみたいと思います。フィリピン人は人間関係において何が一番大切だと考えているのでしょうか?

 

この問いへの鍵になる言葉が、hiyaです。日本語では、「恥」と訳されています。フィリピンには人からいただいたdutang na loob(恩、恩義、内面的な借り)には報いなければいけない。それをしないのはhiya( )だという文化があります。文化人類学者によっては、この規範をもってフィリピン社会は、「恥の文化」だという人もいます。

 

あれ、「恥の文化」?! なんか聞いてことありますね。そうです、日本の文化の特徴とも言われています。第二次大戦中、アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトは、名著『菊と刀』の中で、日本の文化は、「恥の文化」だと述べています。

 

なんだ同じか?! さすが同じアジア! と思われてしまう節もありますが、比べてみるとだいぶ違います。日本の恥の文化は世間に対して恥ずかしくない行動(日本人がよくいう“人に迷惑をかけない”行動)をしろ」であるのに対して、フィリピン人にとってのhiyaは「世間様」に対してというより、「家族」(日本の親族に近い集団)によりフォーカスしています。

フィリピン人家族:日本よりはるかに大規模!
フィリピン人家族:日本よりはるかに大規模!

◆「恩」に報いないのは「恥」

フィリピン人は、「家族・親族」のなかで育ててもらった以上、その集団に対するdutang na loob()があると考えます。この恩に報いない、恩を返せないことはhiya(恥)とみなします。

 

「家族・親族」から受けたdutang na loob()を返す。これがフィリピン人の暗黙の了解、絶対的な価値観です。家族や親族の誰かが援助を必要とするときに助けようとしなければ、walang hiyawalang utang na loob(恥知らず)と後ろ指をさされます。このhiya文化こそ、フィリピンの社会的心理の中核を為し、先祖代々守られてきた文化です。

 

フィリピン人は、ごく幼い頃からさまざまなシチュエーションでこの価値観を教え込まれ、叩き込まれます。その結果、「家族」という集団に対して「恩」を返すことを自らの義務ととらえ、そのためには自己犠牲も厭わない人間へと成長していきます。

 

これを如実に示すエピソードがあります。1980年代のイラン・イラク戦争の際の話です。ペルシャ湾を運行するタンカーが無差別攻撃されるため、乗務員になることは命を落とす確率が極めて危険な業務でした。にもかかわらず、フィリピンだけがこの危険な業務に身を投ずる者が相次いだそうです。

 

各国は石油輸送の生命線であるこのルートを廃止するわけにはいかず、乗組員を確保するため賃金が跳ね上がり、特別ボーナス(1回の航海だけで数万ドル)まで支給されたからです。自らの命を賭けて家族の「恩」に報いようとする彼らの行動は世界に衝撃を与えました。

イランイラク戦争時ホルムズ海峡では大型タンカーが次々攻撃された
イランイラク戦争時ホルムズ海峡では大型タンカーが次々攻撃された

◆「家族」は”最後の砦”?!

Hiya文化では、受けた「恩」を返さない人は家族・親族から排斥されます。たとえば、借りた金を返さない人は家族・親族から相手にされなくなったり付き合いそのものを絶たれます。その昔、日本の農村部で行われていた「村八分」に似ています。

 

16世紀初頭から数百年にわたって西欧列強の支配下に置かれ、土地や富を収奪されるなか食うや食わずの生活を強いられてきたフィリピン人は「家族・親族」で互いに助け合うことでぎりぎり命を繋いできました。

 

最近でこそ経済発展著しいフィリピンですが、独立後も、貧富の大きな格差など根深い問題を抱えています。社会保障制度の整備も遅れています。そんな過酷な歴史を生き延びてきたフィリピン人にとってHiya文化はいわば生存戦略。そして、「家族」は“最後の砦”だといえるでしょう。

 

彼らの「家族」への帰属意識・忠誠心は生涯、消えることはありません。海外に出稼ぎに出た人が稼いだ金の大部分を家族(結婚後の自分の家族だけでなく、生れ育った家族に対しても)を送金することはよく知られています。

当校の教師たちもお給料をもらうと嬉々として遠方に住む家族に送金(ときに半額以上)したり、家族のために大馳走を買って帰ったりしています。あるとき、「私たち日本人にはなかなかできない」、「信じられない」というと、「それが私の喜びだから・・・」と返されてしまいました。稼いだお金は自分のために使いたいと思ってしまう自分がなんだかチッポケな人間に思えてしまいます。

◆外国人はフィリピン人にとっての「家族」にはなれない

ここまで述べてくれば、冒頭の外国人の悪口「フィリピン人は信頼できない」の意味がよくお分かりいただけたのではないでしょうか。そう、フィリピン人は、どんなに親しくなっても外国人を「家族」とはみなしません(リップサービスで「あなたは私の家族だ」と言うことはありますが・・・)。

 

「家族・親族」に属さない人にどんな「恩」を受けようとも報いる必要は感じません。だから、彼・彼女らにとっては、外国人の借金を踏み倒したり売り上げを持ち逃げしたりは、Hiya(恥)ではないのです。

「家族」は何より大切:「恩返し」は彼らの義務
「家族」は何より大切:「恩返し」は彼らの義務

◆持てる者が持たざる者に施すのは当然

加えて、フィリピンでは、カトリックの影響からか、持たざる者が持てる者から施しを受けるのは当然とみなします。街中の物乞いにフィリピン人が献金をしている姿をよくみかけます。

 

最初のうち驚いたのはフィリピン人と会食し、さあ会計という段になって、全く払うそぶりを見せないことです。日本人は例外なく「お金持ち」とみなされていますから、当然あなたの責任といった態度です。また、支払いをしても「ご馳走さまでした」「ありがとうございました」を言われたことがありません。

◆教訓「外国人は、安易にフィリピン人を信頼しない方がいい」

ということで、冒頭の言葉は、「外国人にとって」を付ければYesだと思います。「信頼できない」のは、彼らにとって、われわれがあくまで外国人・よそ者だからです。

 

フィリピン人にとって何より大切な存在である「家族」の蚊帳の外。彼らが「恩」を返すべき「家族」の一員にはなれないのです(ただし、外国人でもフィリピン人と結婚して子どもができれば話が別のようです)。

 

ここは彼らの国。彼らが生存戦略として大切に守り育ててきたhiya文化が支配する国。「フィリピン人は信頼できない」と怒り、「劣悪な国民」であるかのごとく侮蔑・軽蔑する前に、このことの意味をしかとかみしめるべきだと思います。

 

しかし、前述したとおり、こんな文化の制約あるなか、そんな垣根・制約をスイっと越え、われわれ外国人と信頼関係が結べる人がいる国でもあります。ときに

 

日本人の信頼できる人のレベルをはるかに超えて・・・。繰り返し裏切られても、私がこの国から立ち去りがたい理由の1つです。

【筆者紹介】平山順子

 

元名古屋大教育学部准教授(発達心理学Ph.D)

共著書『家族心理学への招待』(ミネルヴァ書房、2019年現在、第2班9刷発行のロングセラー)

現在、フィリピンで英語学校「ウィル・イングリッシュ・アカデミー」を経営

【お願い】ウィルは地元少年サッカーチームSPARTAN FC(貧困家庭の子どもたちが中心)のスポンサーをしています。地元リーグで準優勝を飾る強豪(?!)なのですが、靴はボロボロ、ボールはボコボコが悩み。中古のサッカー用品(靴7~17歳)を寄付してただけませんか? 「お問い合せ」でご連絡下さい。