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フィリピン・パブ嬢は可哀そうだったのか!?

◆フィリピンパブ嬢の日本での暮らし

 

フィリピンパブ:なぜ流行り、なぜ廃れたか?」で述べたように、米国に「人身売買」と非難されや、そのほとんどが突然姿を消していったフィリピンパブです。

 

パブ嬢たちの日本での彼女たちの生活はどのようなものだったのでしょうか。「人身売買」と批判されるほど、過酷なものだったのでしょうか?

 

来日した彼女たちは、通常、40~50㎡ほどの2DKアパートで6人ほどの仲間のパブ嬢と共同生活(寮生活)をしていました。給料は4万円前後。当時、日本人ホステスは最低でも30万円はもらっていましたから、ありえない低賃金です。しかし、それでも住宅が提供されていたことで少ない給料を家族に送金したり貯めて帰国することができました。もっとも、ノルマが課されていたり、客がつかないとペナルティーとして減給されて無給になったり、借金が増えて逃走などのケースもあったようです。休みは月に1~2度。1日の労働時間は夜の約8時間でした。

 

実は、私どもが現在フィリピンで住んでいる家のヘルパーJさん(48歳)は元フィリピンパブ嬢です。心根のやさしい気遣いの細やかな女性です。彼女は、20歳前後から6年間(といっても一年のうち滞在できたのは半年のみ)、群馬の前橋市でパブ嬢として働いていました。当時の写真を恥ずかしそうに見せてくれましたが「えぇっ、同じ人?」と思うほどスリムで美人さんでした。

 

彼女によれば、「シャチョウサン」は優しかった。仕事はそんなきつくなかった。寮で同年代の女友達との共同生活は楽しかった。休みの日にみんなでラーメンを食べに行くのが楽しかった。特に味噌ラーメンが大好きだった。お金をもらえて家族に送ってあげられてよかったなどなど片言の日本語を交えながら楽しそうに昔の思い出話をしてくれました。「踊ってみせてよ~」の私たちの猛アピールはいまのところ無視されていますが・・・(笑)

◆フィリピンパブ嬢にとって・・・

米国に指摘されたとおり、そこで働くフィリピン人女性の雇用に人身売買的な要素があったことは否めません。なかには悪徳な業者に騙されるように連れてこられ、過酷な環境下での労働に苦しんだ女性がいたことも事実です。

 

しかしながら、だからといってこのブームに乗って来日したフィリピン人女性を「ただの被害者」「搾取された可哀そうなフィリピン人」という同情・憐れみの対象、あるいは逆に「騙された愚かな人たち」「金のためになら何でもする卑しい人たち」と軽蔑・嘲笑の対象として見るのは間違っていると思います。

 

前述したわれらが現ヘルパーさんこと元パブ嬢の証言にあるとおり、彼女は、6年間に6回も、自分の意志で日本に働きに行きました。途中、日本人のボーイフレンドがいたとも。もちろん、自分の意志でのお付き合いでした。「私はどんどん前へ、外へといくタイプ」「どちらかというとチャレンジング」との自己分析し、だから、日本に6回も行ったと、自分の行動を極めてポジティブにとらえていました。

 

また、大学院時代にフィリピンパブ嬢と結婚した中島弘象氏は、その著書『フィリピンパブ嬢の社会学』(新潮選書、2017年)のなかで、「彼女たちも、日本での仕事に慣れて余裕ができると、ファッションや食事を楽しみ、そしてパートナーを見つけ、プライベートな生活を楽しむふつうの若い女性になるのだ」と述べ、そんな彼女たちを「搾取される可哀そうなフィリピン人」という図式だけで見ようとしていた自分自身を恥じています。

 

われらがヘルパーJさん(元パブ嬢)の今の家庭は、フィリピンではものスゴ~ク貧乏というほどではありません。それでも「この服、10ペソ(約20円)で買ったよ!」とはしゃいでみせたり、「孫が病気になっちゃった、入院費が足りな~い。少しだけお給料の前借?!」と生活に四苦八苦しています。

 

そんな彼女を見ていて、私はふと聞いてしまったことがあります。「日本にボーイフレンドがいたと言っていたけど、その人と結婚していればと・・・思ったことはないの?」と。それに対して、彼女は「ない!」とキッパリ答えました。その言葉にウソ・偽りはありませんでした。「(いまの)旦那は少し頼りないけど。優しい。子どもたちもみんないい子」とニッコリと笑って、後悔していない理由を教えてくれました。自分が選んだ人生を精一杯生きている、その自信と誇りに満ちた穏やかな彼女の横顔を見て、なぜだか私まで嬉しくなってしまいました。

 

こんなJさんの話を聞いてからは、彼女にとって日本で働いたのは、「なつかしい青春の一コマ」「いい意味でも悪い意味でも貴重な人生体験」だったのでは、また、一人の人間が自分が生まれ育って国を出て、他国に行って働く、そして、そこでさまざまな人と会い、さまざまな体験をする、それはそれで彼女の人生を豊かで意義深いものにしてくれたのではないか、いまはそんなふうに思うようになりました。

 

フィリピンパブ嬢の話と直接関係はありませんが、当校教師だったF先生は故郷の島に戻って、そこの極貧の子どもたちに無償で英語を教えています。その子たちが将来英語ができることでいい仕事につけたらいい、そんな思いからのボランティア活動です。そんな彼女に久しぶりに会いに行き、子どもたちと遊んだり英語を教えている様子を見せてもらったことがあります。そのとき彼女は私たちの心を見透かしたのでしょうか、こんな言葉を口にしました「貧乏なフィリピン人をみて、よく外国人は可哀そうと言う」「でも、私たちは自分たちのことを可哀そうなどと思ったことはないし、思ってもほしくない」と。

 

Jさん、F先生に限らず、フィリピン人は、自分の現状に不平不満もらしたり愚痴を言うことは極めてまれです。すべてを自らの人生・生活として真正面から受け止める、あるいは向き合う、そして、たとえイヤなことがあっても、過度に悲観的にならず、明るくケセラセラでやり過ごしていく、時にそんな突き抜けた強さを感じることがあります。

偽装結婚していたフィリピーノと結婚するまでを赤裸々に
偽装結婚していたフィリピーノと結婚するまでを赤裸々に

◆フィリピンパブブームが残した弊害

 

フィリピンパブブームに話を戻しましょう。ここで問題だったのは、国と国の経済格差を利用して、不当な利益なむさぼった日本とフィリピン双方の斡旋人、ブローカー、プロモーター、パブのオーナーたち、そしてそれを陰に陽に許した両国政府です。

 

一人ひとりのパブ嬢にフォーカスすれば、可哀そうではなかった、いや少なくとも日本人に「可哀そうだ」なんて思ってもらいたくなかったし、いまでもない。しかし、社会的に見たとき、また、日本とフィリピンの関係として見たとき、このブームは大きな弊害をもたらしました。大きくは次の2つがあげられます。

 

(1)フィリピンパブは夜の仕事、いわゆる「水商売」であったことから、フィリピンという国自体が、風俗・規律が乱れた国、また、フィリピン女性全員が生に対してルーズである、あるいは金のためなら何でもすると認識されるようになった。

 

(2)数多くの若い女性労働者が日本に来たことで、日本人男性との結婚が増え、多くの「フィリピン系日本人」の子どもが産また。1993年から2013年の10年間の出生数は約10万人に上る。その子どもたちはJFC(ジャパニーズ・フィリピーノ・チルドレン)と呼ばれ、学校でいじめを受けたり、経済的貧困から教育を受けることができなかったり、差別・偏見から仕事を続けることができなかったりとさまざまな困難に直面している。

 

一国の一部の職種(エンターテイナー)、片方の性(女性)だけが他国に大量に来るということは、このような深刻な弊害をもたらします。なんら責任のない子ども世代にまで・・・

ごく一部の芸能界・スポーツ界でJFCはもてはやされていますが・・
ごく一部の芸能界・スポーツ界でJFCはもてはやされていますが・・

◆フィリピン英語留学がフィリピーノの汚名を返上!

 

英語学校経営者として、上記(1)の問題は、時に頭痛の種になることがあります。ごく一部の男性生徒さんながら、フィリピンが風俗、規律が乱れた国であるとの誤ったイメージのまま女性教師に接する「困ったさん」「困った君」がいることです。このような生徒さんに対しては「ここは学校です。フィリピンパブではございません」が決め台詞(笑)!

 

当校のある女性教師が街の比較的値段高めのレストランで友達と食事をしていたら、いきなり外国人が近づいてきて”How much?"(いくらで寝れる?)と聞いてきた、とあきれ顔で話してくれたことがあります。「外国人男性にとっての若いフィリピン女性」を如実に示すエピソードですね。

 

一方、嬉しいことに、当校の生徒さんのほとんどは、帰国前、フィリピン人のイメージが全く変わったと言ってくださいます。もちろん、いい方に! 生徒さん曰く「ココに来て、フィリピン人のイメージが180度変わりました。明るくてフレンドリーで、優しい、だから一緒にいてとても楽しい。けど性にルーズとかだらしないとか、そういうのは全然ないですね!」。最近では「ウィルの先生たちは、知的で上品ですね!」というお褒めの言葉さえ頂戴します。

 

フィリピン英語留学ブームを機に、フィリピン人といえば、「知的」&「上品」・・・

はい、当校では、目下、フィリピン人のイメチェン進行中です!

【筆者紹介】平山順子

 

元名古屋大教育学部准教授(発達心理学Ph.D)

共著書『家族心理学への招待』(ミネルヴァ書房、2019年現在、第2班9刷発行のロングセラー)

現在、フィリピンで英語学校「ウィル・イングリッシュ・アカデミー」を経営

【お願い】ウィルは地元少年サッカーチームSPARTAN FC(貧困家庭の子どもたちが中心)のスポンサーをしています。地元リーグで準優勝を飾る強豪(?!)なのですが、靴はボロボロ、ボールはボコボコが悩み。中古のサッカー用品(靴7~17歳)を寄付してただけませんか? 「お問い合せ」でご連絡下さい。