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困窮邦人ーフィリピン人の”無限抱擁”の優しさのせい?!

困窮邦人 ー フィリピン人の”無限抱擁”の優しさのせい?!

フィリピンにいる外国人ホームレス
フィリピンにいる外国人ホームレス

◆海外在住の日本人ホームレス

 

「困窮邦人」という言葉をご存じですか?

所持金を滞在先の国で使い果たし、路上生活やホームレス状態を強いられている日本人のことです。

 

海外邦人援護統計によれば、困窮を理由に海外駐在日本大使館にやってきた日本人の数は379人、内訳はアジアが265人で全体の7割とダントツ(2015)。アジアの中でもフィリピン・タイが中心で、特にフィリピンでは困窮邦人が多く、在比日本人たちの間で問題になっています。

 

実は、私も3年ほど前、マニラのみすぼらしい屋台が並ぶ飲食街の一角で明らかホームレスの日本人男性を見かけました。頭も髭もボサボサ。フィリピン人が営む小さな屋台のわき、彼はただただボーっと座っていました。

豊かな(はずの)国、日本の国民がなんで?! と大きな衝撃を受けました。 

 

◆『日本を捨てた男たち:フィリピンに生きる「困窮邦人』

 

・・・入国管理局収容施設の檻の向こうに佇んでいた80歳手前の高齢日本人男性、しわくちゃの顔に歯が一本も見えない口、異国の地で所持金ゼロ・・・

 

この文は、フリージャーナリストの水谷竹秀氏が最初にその存在自体に気づき、ショックを受けたときの記述です。彼はその後「困窮邦人」をテーマに取材を開始、2011年『日本を捨てた男たちーフィリピンに生きる「困窮邦人」』というタイトルの本を刊行します。

 

本書は大きな反響を呼び、第9回開高健ノンフィクション賞を受賞、本書を基にドキュメンタリー番組も4本製作されました。

TVでご覧になられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

◆どうしてフィリピンで「困窮邦人」に?

 

彼らはいかにしてフィリピンで困窮邦人となったのでしょうか。

水谷氏が取材した5名の男性のうちから3ケースを紹介します。

 

愛知県で自動車部品工場の派遣社員をしていた吉田さん(48歳)。フィリピンパブで出会ったジェネットの後を追って、彼女の実家へ。所持金がゼロになったたらマニラまでのバス代250ペソ(約500円)を渡されて一言「さようなら」。マニラの教会で寝泊まり、食事は教会周辺で露店を開くフィリピン人の「お母さん」(Dさん、47歳)に食べさせてもらっている。

 

地元岡山県でソフトウェア開発の仕事をしていた榎原さん(51歳)。タイ人女性との浮気が妻にばれて離婚。その後、フィリピンクラブで出会った女性と渡比・結婚、病気から下半身不随に。妻とは別れたが、親切なフィリピン人女性の介助を受けてベッドで寝るだけの日々(取材中死亡)。

 

半導体関連の部品を製造する愛知県の大手企業で働いていた星野さん(51歳)。働き始めて30年以上が過ぎたころ福島県に単身赴任。ここで通い始めたフィリピンクラブが彼の人生を変える。25歳ほど年下のフィリピン女性と結婚。退職金4900万円を手にフィリピンに渡るが、妻の家族に薦められるがまま、車、家、養鶏場と次々投資・購入している間にみるみる間になくなっていった。

  

こんなカップルが至る所に
こんなカップルが至る所に

◆女を追いかけてフィリピンに!

 

困窮に至った経緯に多少の違いはありますが、困窮化のパターンはほとんど同じです。

ある日、ふとしたきっかけからフィリピンパブに行き、明るく陽気なフィリピン女性に楽しい思いをさせてもらう。

 

それはもう舞い上がるような体験。ああ、こんな幸せもあったのか?! この女性といっしょの人生こそ、俺が求めていたもの! そうして仕事を辞め、家族を捨て、すべてを捨てて女の後を追ってフィリピンに!

 

フィリピンでは日本人=「お金持ち」と思われているので、カラオケパブに行けば誰でも若い女性と“恋愛”ができます。彼女たちの多くは離婚していて、一人で子どもを育てていたりします。

 

ここで驚くのは、こんな経緯で困窮生活に陥りながら、それでも故国に帰ろうとしない、同じ野たれ死にならフィリピンがいいという事実です。そこには一体なにがあるのでしょうか。

  

◆日本に迎え入れる家族・知人はなし

 

日本にはもう誰も喜んで迎えてくれる人はいないというのも大きいでしょう。邦人がフィリピンで大使館に駆け込んだ場合、まず館員は親族や知人に援助を頼み込むそうです。しかしこれはうまくいかないことが多いそうです。

 

館員が親族らに連絡しても「親族に金を借りまくった上、サラ金の取り立てが来て困っているんです」「あんな人とは縁を切りました」「あいつにだけは絶対に貸さない」などの冷たい反応が返ってくるだけだといいます。

 

フィリピンには火葬場があります
フィリピンには火葬場があります

◆どうせ野垂れ死にするならフィリピン

 

しかし、日本に彼らを迎え入れてくれる人が誰もいないとはいえ、頑なに日本に帰ることを拒むのは、それだけが理由ではないようなのです。

 

心が弱く、社会的成功とも無縁だった彼らは、日本ではいわばダメ男。勤勉に一生懸命に真面目に働くこと、それが美徳とされている日本では、彼らのような頑張れない弱い人間はずっと劣等感を抱えて生きてきたことでしょう。

 

フィリピンで困窮状態に陥ってまで、日本に帰りたくない、帰ろうとしないのは、やはり彼らにとってフィリピンが居心地のいい国だからなのでしょう。

 

フィリピン人は、いい意味でも悪い意味でも“いい加減”です。だから、これまで日本でもいい加減に生きてきたし、これからもそうして生きていきたい彼らにとって、このフィリピン人の“いい加減さ”は救いであり、居心地のよさにつながるのでしょう。

 

加えて、フィリピン人は概してオープンマインドで心根が優しい。人が苦境に陥っていると「かわいそうに」といって手を貸します。そう、自分にも厳しくない分、他人にも厳しくないのです。もちろん、この国に「自己責任」なんて概念はありません。

 

私たち日本人の感覚からすると、むしろ甘い、甘過ぎる。一緒にフィリピン人と働いていると、「優しいなぁ」と感心することがある反面、この節操のない“優しさ”に、「それは本当の優しさじゃない、時には厳しさも必要ではないか」と苛立ちを覚えることさえがあります。

 

「(日本的には)どうしようもない男」にとっては、こんな”無限抱擁”の優しさがたまらないのではないでしょうか。実際、本書に登場する「困窮邦人」は、フィリピン人たちに食事なら宿やらの面倒をみてもらったり、身体介助をしてもらったりしているのです。その日その日の自分たちの食事さえままならない貧困層の女性たちが、困窮邦人の世話をするのです!

 

立場が逆だったらどうでしょうか。フィリピン人ホームレスやアメリカ人ホームレスに寝食を無償で提供できる日本人が果たしどれだけいるでしょうか。 彼らの”無限抱擁”ぶりが際立ちます。 

 

フィリピン人女性は実に面倒見がいい
フィリピン人女性は実に面倒見がいい

◆フィリピン人の”無限抱擁”の優しさが仇!?

 

ある外務省職員は、「困窮邦人」の問題について、こんなふうに言っています。「フィリピンの困窮邦人の対策については何とかしなければいけないと思っています。同僚の間でも、とにかくフィリピンの親切で優しい国民性はいいことだと思うが、その面倒見のよさが逆に困窮者を生み出す環境を作る仇になっているのではないかと話しています」

 

もちろん、お世話になっておきながら、あなたたちがあんまり優しいからいけないのだと言うつもりは毛頭ありません。しかし、この優しさがなければ、彼らも日本に帰国し福祉の手を借りながら生きる道を探さざるをえないのではないでしょうか。

 

逆にいえば、もし、現代の日本社会にこの優しさがあれば、弱くてどうようもない男たちが、フィリピンにまで来てそこの貧乏な人たちの情けにすがって生きる必要もないということになります。 

 

貧しくてもフィリピン人の子どもは笑顔いっぱい
貧しくてもフィリピン人の子どもは笑顔いっぱい

◆「困窮邦人」の急増は日本社会の「生きにくさ」の証!?

 

人生には魔がさして愚かな決断をしてしまうこともあります。突然の怪我や病気で働けなくこともあります。どんなに努力してももうこれ以上頑張れないと思うこともあります。

 

でも、血縁・地縁・社縁を失った「無縁社会」日本では、そんなとき、「これ食べな、お腹減ってるんでしょ」と手を差し伸べてくれる人は減ってしまいました。

 

日本が弱いもの、ダメな者を「自己責任」といって無情に切り捨てる社会である続ける限り、これからますます彼らが海を渡り、フィリッピン人の情けにすがる、お世話になる、そんな事態が加速化するのかもしれません。

 

 

【参考文献】

水谷竹秀 2011   日本を捨てた男たち:フィリピンに生きる「困窮邦人」  集英社

 

 

【文責:フィリピン・ドゥマゲッティ「ウィル・イングリッシュ・アカデミー」代表 平山順子】